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映画「太陽がほしい」

8月4日、ドキュメンタリー映画「太陽がほしい」を観に行った。上映の30分くらい前に渋谷のアップリンクに着いたのだが、何やら人だかりができていて、幟を持った人もいて口々に抗議の声を上げている。この日は出かける前に「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれたという新聞記事を見たばかりなので、この人だかりも「この映画に対する右翼の妨害か?!」と身構えてしまったが、幟の文字を見ると「文鮮明氏は云々」と書いてあったので、アップリンクの向かいに建っている「統一教会」のビルに向けての何らかの抗議活動だったようだ。

とりあえずホッとしたが、この映画は右翼の妨害に見舞われても全くおかしくないテーマを題材にしている。日中戦争のさなか日本軍による性暴力の被害にあった女性たちの物語だ。

「表現の不自由展」中止の原因が韓国人慰安婦像の展示だったことからもわかるように、昨今では韓国人女性の慰安婦問題については、その被害や「強制性」の有無など議論されることが多いが、中国や東南アジアにおける日本軍による性被害についてはあまり取り上げられることがないように思う。

この映画には「『慰安婦』とよばれた中国女性たちの人生の記録」というサブタイトルがついている。普通、「慰安婦」と言うと公設の「慰安所」で働かされた女性をイメージするが、彼女たちが受けた被害の実態はそういうレベルを越え、強姦や監禁、暴行など被害の実態は凄まじいものがある。共産党幹部だった女性の場合は仲間の名簿を差し出すことを拒んだため苛烈な拷問まで受けている。この女性は映画の冒頭、国際会議で証言しているシーンで、感情が極度に昂ぶり舞台で失神してしまった。

彼女のように共産党員でなくても、「八路軍(華北で活動していた中国共産党軍)などの抗日勢力の強い農村地域では地域全体が日本軍によって反日とみなされ虐殺、虐待、略奪の対象とされ兵士による女性に対する強姦が放任(女性国際戦犯法廷での歴史学者林博史の証言)」されていたという背景があり、映画に登場する女性たちはまさにその餌食となってしまったのだ。

そして彼女たちの心の傷はその受けた被害だけでなく、戦後になっても何の公的な補償を受けられず、加害者が断罪されないことでさらに大きくなっていく。晩年の生活ぶりも極めて厳しい。中には「日本人に傷物にされた女」ということで同胞からも差別を受けたというケースもある。そして彼女たちが亡くなる間際には「強制連行などなかった」といった反動的な言説がまかり通るようになってしまう。

胸がふさがるような話が続き、事実を受け止めるのが辛くなってくる。でも、思うに僕らは最近、映画に限らず芸術作品を鑑賞する時、サービスの提供を受ける消費者のようなスタンスになってしまってないだろうか。被害にあった女性たちの切羽詰まった状況と、彼女たちの人生に深くかかわっている班忠義監督の関係性を考えれば、エンターテイメント性を排して、ストレートに彼女たちの被害を訴え、日本軍の罪を告発する内容に徹するのは当然の話だと思う。作り手の思いを受け止めることをも「映画の味わい方」のひとつなのではないか。

生々しい証言の数々(加害者側の元兵士たちの証言も含め)は、後世に歴史を伝えるための重要なテクストになっている。これらの映像は「日本軍による性被害などは反日プロパガンダだ」などといった言説への決定的な反証となるだろう。そして、勇気を出して謝罪しようという気持ちになった元兵士や、こうした歴史に関心をもつ若い人もいることに、わずかながらではあるが希望を見出すことが出来る。20年にもわたり証言を集め続けた班忠義監督の熱意と執念にあらためて敬意を表したい。

上映後はこの映画のナレーションを務めた劇団俳優座の有馬理恵さんが登壇(もう一人の女性は、班忠義監督の代役のようだが名前が聞き取れなかった)。この映画への深い共感を語り、祖父が「慰安婦を送る側の任務をしていた」ことや、自身が同和地区の生まれであることを明かし、戦争や差別をなくしていく努力をしていかなければいけないと訴えた。
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# by CitizenCotta | 2019-08-14 22:47 | 映画 | Trackback | Comments(0)

バーニング劇場版

村上春樹の小説を原作とした映画を制作する予定だったが、突然延期になったことをネットのニュースで知ったのが2年前。そして去年の4月、映画が出来上がっていたことと、カンヌで(パルムドールは逃したが)国際映画批評家連盟賞を受賞したことを同時に知って、それ以来いつ日本で公開されるのかやきもきしていたが、その半年後くらいに日本でも今年の2月に公開されることが決定。

こんな感じでつぶさに動向を追っていたファンとしては、もう「待ちに待った」という感じの映画「バーニング劇場版」。監督は僕が敬愛してやまない韓国を代表する映画監督イ・チャンドン。

公開初日は2月1日で、僕が会社の帰りに観に行ったのは2月14日で公開から2週間くらい経っていたわけだが、劇場の有楽町シネマシャンテは満員で、僕が見まわした限りでは空席はなかった。都内で上映されるのはこの一館だけで、会社帰りに観るにはちょうどいい時間帯の回があるのもこの日が最後、おまけに何かのサービスデーだったようでチケット代が1100円だった。そんな条件が重なったとはいえ、満員の劇場には期待のこもった熱気が感じられ、この映画の注目度の高さを改めて実感した。

この映画には公開前にNHKが短縮版を日本語の吹き替えで放送するという実に不可解な経緯があって、その内容は多少の省略を施して中盤までの展開を見せて、終盤をまるごと切ってしまうというもの。「何でそんな余計なことを!」と不信感をもったのだが、結果的に言えば、映画をより深く味わうためには、少なくとも僕には役立ったかも知れない。

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# by CitizenCotta | 2019-02-24 11:02 | 映画 | Trackback | Comments(0)

小川彩佳アナのたたかい

ブログを更新するのは5ケ月ぶり。昨年11月にフェイスブックを始めてからは(登録自体は9月)こちらの更新が億劫になってしまった。じゃあ、なんで今回こっちに書くことにしたかと言うと、内容がちょっと「政治的」だからだ。

別にそんなこと気にしなければいいし、僕自身、たとえば「音楽に政治を持ち込むな」なんて言説にはブログ上で罵倒せんくらいの勢いで異を唱えていたにも関わず、なんかちょっとFBに書くのは憚られる。周りのお友達から浮いちゃうんじゃないかとか・・・。勝手に「空気」を読んで屈してしまっている、よくない傾向だ(もっとも、「政治的」かどうかというより、文章ばっかり長々とFBに書く人はいないかも知れないが・・・)。

で、本題はテレビ朝日の「報道ステーション」の小川彩佳アナだ。4月24日にセクハラ問題(この時点では否認のまま)により辞任した財務省の福田事務次官について報じている時のこと、辞任について意見を求められた麻生財務相が「はめられて訴えられているんじゃないかとか、世の中にご意見ある」と答えている映像が流れたあとに、それを受けて他の出演者が話していたのだが、いきなりそこへ割り込むような勢いで次のように語った。
「『はめられた』とか『ハニートラップ』とか、そうした声が予想されるからますます声をあげられない。他の同じような被害に苦しんでいる人の傷口も広げるような発言だと思う」

まったく、その通りだ。仮に「どう考えてもはめられたとしか思えない」というようなケースだったとしても、本当に被害にあっている可能性が少しでもあれば、公的な立場の人間が非難をけしかけるような発言をすることは絶対に許されない。

それにしても、原稿にあったわけでもなければ、特に発言を求められてわけではないのに、わざわざ予定調和の空気を崩してまで発言した彼女の姿勢には感銘を覚えた。正義感や使命感もあっただろうけど、それ以上に、同僚の記者が大臣お墨付きのセカンドレイプに逢おうとしている状態を看過できなかったという気持ちの方が強かったのではないか。もっと言えば「看過することが出来る人間だと思われることが耐えられない」ということかもしれない。

僕が今回記事を書いたのも「こんな財務大臣を容認している人間だと世界の人に思われたくない」という意志表示でもある。
# by CitizenCotta | 2018-04-30 21:53 | テレビ・ラジオ | Trackback | Comments(0)

冬が来る前に

毎年同じ時期に取り上げてきたいくつかの話題などについて。

まずは、9月のお神輿。毎年、高円寺の実家に帰って、馬橋神社例大祭お神輿を担ぐのを楽しみにしていたのだが、今年はついにお神輿を出すことが出来なくなってしまった。これまで神酒所として使わせてもらっていたテント屋さんの店舗が取り壊されてマンションが建ってしまい、代わりを見つけることが出来ず(詳しいことはわからないが、見つけようとしてなかったかも)、あっけなく終焉を迎えてしまった。年に一度、20人くらいの人たちと「やあ、どうも。また今年もよろしく。」なんて言いながら一緒に担いでいて、でもこのイベントがなければ、普段の生活では全く接点がないので、場合によってはこの仲間とはもう一生会うこともないかも知れないわけだ。何とも寂しいものだ。父に「じゃあ、テント屋さんはどこに引っ越したの?」「〇〇さんはとなりの町内会のほうに参加したのかなあ?」などと聞いてみたが、母の心の病気のことなんかで気持ちに余裕がないのか「ああ、どうしたかねえ」などとちょっと素っ気ない感じだった。

10月8日は鴻巣市民体育祭。今年はうちの町内が選手の招集係ということでけっこう忙しかった。今年の我が地区(5つくらいの町内会の集まり)の順位は25チーム中で第12位。参加してから10年くらいたつが一番の成績だ。ひょんなことことから体育委員などを任されて、毎年仕方かなく参加させられているという感じだったが、こうやって1年に1度、知った顔の人たち(普段は全然会うことのない)と会って、日がな一日グランドで過ごすのも何となく悪くないような気にもなってきた。お神輿が途絶えてしまった矢先だから猶更そう思えてくる。

そしてこの日は、前日雨で中止になった鴻巣の花火大会があった。家の2階から、今年買った新しいカメラで撮った。去年よりきれいに撮れてる。
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ギネスの四尺玉、今年は成功したようだ。
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d0237041_01061637.png翌日の9日は、僕の勤め先の会社の役員で、編集プロダクションを経営するかたわら、鉄道や街歩きのスケッチ本の著作もある村上健さんの個展に、妻とともに出かける。小田急線で新宿からわずか2駅なのに参宮橋という地名は初めて聞いた。会場のカフェでは作品の展示とともに、作品にちなんだカレンダーや絵葉書が販売されていた。

そこでお茶をしながらいろいろお話させていただいたのだが、村上さんは風景をスケッチする時には、その風景にピッタリはまる人が現れるのを待っているというお話が特に印象に残った。風景の中に人物を当て込むというのではなく、「描きたい」という人物を決めて、そこから逆算するように風景の構図や全体の雰囲気を描いていくそうだ。村上さんの絵に感じる親しみやすさの理由がわかったような気がした。
# by CitizenCotta | 2017-11-23 22:10 | 日記 | Trackback | Comments(0)

僕の街の本屋さん-その2

ひと月くらい前に「本の雑誌」という月刊誌を買おうと思ったら、近所のショッピングセンター内の本屋にもレンタルのTSUTAYAに併設されている書店にも置いてない。住んでいる隣の市の行田市の図書館でようやく見つけたのだが、そのカバーには近隣の書店である「忍書房」が寄贈しているとの記載があった。「POPEYE」の特集記事のこともあって、どんな本屋さんかちょっと気になったので、後日、そのお店に行ってみた。

小ぢんまりとしたお店ながら、レンガタイルの壁や「忍書房」のロゴにはレトロ感があって、長く地域に愛されてきた「街の本屋さん」といった風情である。初めて訪れた時は駐車場があるのかどうからず、店の前に車を路駐したので、店に入るなり「本の雑誌」があるかどうかを聞いて、購入後そそくさと退散した。その時の「最新号でいいんですか?」という答え方がいかにも頼もしかった。

二度目の時は、ちゃんと駐車場(3、4台おけるお店の駐車場がある)に止めたので、落ちついて店内を物色することが出来た。店の規模から言って、陳列できる量が限られているわけだから、そこに陳列されている本は店のご主人が1冊ずつ吟味しているのだろうし、実際にそう感じたし、それに最近は大規模書店にしか行っていないこともあってか、僕は本屋で本を眺めているというより、ここのご主人の本棚を見せてもらっているような感覚になっていた。
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この日は文庫本を1冊を購入し、お店のカバーをしてもらったのだが、この近辺の古地図が描かれていて味わいがある。「売り物かと思ったらカバーだったんですね」と声をかけたら、いろいろ地図の中身について丁寧に説明してくれた。
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そしてつい先日、三度目の来店の時は、少しご主人とお話ししてみたかったので、きっかけとして何か作品を在庫の有無を尋ねるのがよかろうと思い、店内で見当たらなかったので「山田風太郎の『同日同刻』はありますか?」と聞いてみた。ご主人は「あるはずですが」と呟きながら、ぼくが目星をつけていたのと全く違う場所から「あっ、ありました」と取り出し、「山田風太郎の本は是非置いておこうと思っていますから」などと言いながら手渡してくれた。それで何となく打ち解けたような空気になり、いろいろお話しすることが出来た。

このお店は、戦前出版社に勤めていたご主人のご尊父が、シベリアから引き揚げてすぐの1955年に、今の場所の近くで始めたとのことなので、実に62年もの間この地で営業していることになる。そして、このお店を引きついだご主人は平日は都内の教科書の出版社に勤めながら週末に店主としてお店に出ているそうだ。

僕が「POPEYE」の特集記事のことや、その2週間後くらいに朝日新聞が1面で「書店ゼロ」の街が増えている現状を伝える記事が出ていたことを話題に挙げると、当事者であるご主人には当然いろいろ思うところがあるわけで、「出版社に勤める人間が本屋を潰すわけにはいかない」という使命感ともいうべき思いを語りながらも、大胆な拡張路線で(今のところ)成功している某中堅どころの書店の現社長の先見の明を評価し、ISBNコード(1冊ごとに本に付される固有のコード)ベースで年間に8万タイトルもの作品が世に出る中で、たくさんの本を自店で置けないことに忸怩たる思いを覗かせていた。
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僕が「でも、書棚を拝見して、本への愛情を感じましたよ」と感想を言ったら深々とお辞儀されてしまった。悪い気持ちはしないが、相当に腰の低い方なので恐縮してしまう。これからちょくちょく顔を出してお馴染みさんになれば、もう少しフラットな感じでお話しできるようになるかもしれない。

車で10分くらいかかる場所にあるので、「『僕の街』の本屋さん」というにはいささか無理があるかも知れないが、少なくとも「僕の『街の本屋さん』」ではある。これからもいい付き合いをしていきたいし、末永く店を存続していってもらいたいものだ。
# by CitizenCotta | 2017-10-07 15:17 | | Trackback | Comments(0)